名目・実質・期待インフレ — BEIで金利差の変化を分解する
2026年8月7日 ・ 読了目安 6分
名目の金利差が拡大したとき、その背景には2つの異なる可能性があります。実質的な金利の差が開いたのか、それとも期待されている物価上昇率の差が開いたのかです。この2つは意味がまったく違います。このページでは、両者を切り分けるための考え方と、当サイトのどのページを見れば確認できるかを説明します。
名目金利を2つに分ける
市場で提示され、実際に受け払いされる金利が名目金利です。ただし、受け取った利息の価値は物価が上がればその分だけ目減りします。物価上昇の見込みを差し引いた、購買力の観点から見た金利が実質金利です。
この関係は、おおむね次の形で整理されます(フィッシャー方程式と呼ばれる近似です)。
名目金利 ≒ 実質金利 + 期待インフレ率
同じ名目金利でも、期待インフレ率が高い国では実質金利は低くなります。日米で名目の国債利回り差と実質の国債利回り差が違う動きを見せることがあるのは、この分解が両国で異なるためです。
実質金利はどこで観測するのか
物価連動国債という仕組み
実質金利は計算上の概念であるだけでなく、市場で直接観測することもできます。元本や利払いが物価指数に連動して増減する国債、すなわち物価連動国債の利回りがそれにあたります。物価上昇分が元本側で調整されるため、その利回りは物価上昇分を除いた金利とみなせます。
米国のものはTIPS(Treasury Inflation-Protected Securities)と呼ばれ、10年・20年・30年の実質利回りが日次で公表されています。当サイトでは米国TIPS10年実質利回りなどのページで確認できます。
BEI — 名目と実質の差から期待インフレ率を読む
同じ年限の名目国債の利回りと物価連動国債の実質利回りの差を取ると、市場が織り込んでいる物価上昇率の目安が得られます。これがBEI(ブレークイーブンインフレ率)です。名目債と物価連動債のどちらを保有しても投資成果が等しくなる(ブレークイーブンする)物価上昇率、という意味の名称です。
当サイトでは、米国のBEIを名目10年利回りとTIPS10年実質利回りの差から自前で算出し、米国10年BEIのページで公開しています。日本のBEIは財務省が公表するデータを用いています。両者の差は10年BEI差として掲載しています。
BEIの限界を知っておく
BEIは便利な指標ですが、純粋な期待インフレ率そのものではありません。次の要素が混じります。
- 流動性の差: 物価連動国債は名目国債に比べて市場規模が小さく、売買のしやすさの違いが利回りに反映されます。市場が混乱した局面では、この影響が拡大することがあります。
- 需給要因: 特定の投資家層の売買が、期待インフレ率の変化とは無関係に利回りを動かすことがあります。
- リスクプレミアム: 物価上昇が読みにくい局面では、その不確実性に対する上乗せが含まれます。
また、日本のBEIには当サイト固有の事情があります。財務省のBEIデータは機械可読な形式では公表されていないため、当サイトは公表資料から確定値と、掲載グラフを数値化した近似値の2種類を取得しています。近似値は財務省公表の名目利回りとの突合検証を通過した日のみ採用し、チャート上で近似値を含む旨を明示しています。詳細はデータと算出方法をご覧ください。
実際に分解してみる
名目の金利差は、おおむね実質の金利差と期待インフレ率の差の合計に相当します。当サイトのページに当てはめると、次の関係になります。
| 見るもの | 当サイトのページ | 読み取れること |
|---|---|---|
| 名目の差 | 10年国債利回り差 | 市場で提示されている金利そのものの差 |
| 実質の差 | 10年実質国債利回り差 | 物価上昇の見込みを除いた差 |
| 期待インフレの差 | 10年BEI差 | 両国で織り込まれている物価上昇率の見込みの違い |
この3つを並べて見ると、名目の差が動いた背景を切り分けられます。読み方の型は次のとおりです。
- 名目差が拡大し、実質差も同じように拡大している場合: 期待インフレ率の違いではなく、実質的な金利環境の差が開いたことによる拡大と読めます。
- 名目差が拡大しているのに実質差がほとんど変わっていない場合: 拡大の主因は期待インフレ率の差の変化にあると読めます。BEI差のチャートで確認できます。
- 名目差が横ばいでも、実質差とBEI差が反対方向に動いている場合: 表面上は変化がないように見えても、中身は入れ替わっています。
さらに、それぞれの差について日米どちらの動きによるものかを分解すると、より具体的に把握できます。各金利差ページには日本側と米国側の構成要素を並べたチャートがあり、その手順は日米金利差の見方で説明しています。
起点となる時期について
日本の物価連動国債は発行が一時途絶えた時期があり、発行が再開された2013年10月以降が実質国債利回り差・BEI差の時系列の起点となります。これより前の期間については、当サイトではこれらの系列を提供していません。名目の国債利回り差はより長い期間を掲載しています。